朝鮮人には生まれつきの才能(天分)があって言語をとても速く習得し、中国人や日本人よりも流暢に、またずっと良い発音で話せる。
朝鮮人は中国人にも日本人にも似ないで、そのどちらよりもずっと立派に見える。その体格も日本人よりずっとすばらしい。
朝鮮人には猜疑、狡猾、嘘を言う癖などの東洋的な悪徳が見られ、人間同士の信頼は薄い。女性は隔離され、ひどく劣悪な地位に置かれている。
政府、法律、教育、礼儀作法、社会関係そして道徳において全面的に中国の影響を受けている。
漢城(現ソウル)は都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。
礼節上二階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の住民は主に迷路のような道の「地べた」で暮らしている。
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路地の多くは荷牛と人間ならかろうじて 擦れ違える程度の幅しかない。
おまけに、その幅は家々から出た糞、尿の汚物を受ける穴か溝で狭められている。
注)糞・尿を家の前の側溝に流しており、その臭気はもの凄い。
そのヘドロで遊ぶのが子供で、ヘドロの中で転げまわるのが犬。
(写真は当時のソウルの南大門大通り)

ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。
蓋のない 広い水路を黒くよどんだ水がかつては砂利だった川床に堆積した排泄物や 塵の間を、悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。
水ならぬ混合物を 手桶に汲んだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。
橋のかかっていない川も多く、橋の大半は通行部分が木の小枝と芝土だけで出来ており、7月始めの雨で流されてしまう。そして10月半ばまで修復されない。
地方によっては川にさしかかったら浅瀬を渡るか、渡し船に乗るかしなければならず、これには必ず危険と遅れが伴う。
首都に中心をおく6大道路ですら、橋は普通渡る前にまず馬や人間の重量に耐えられるかどうかを馬夫が確かめるほど、もろい状態であることが多い。
(朝鮮の女性の地位)
朝鮮の下層階級の女性は粗野で礼儀を知らず、日本のおなじ階層の女性のしとやかさや清国の農婦の節度や親切心からはおよそほど遠い。着ているものは汚れ放題で、夜遅くまで休みなく洗濯をする。
どこの小川の畔でも洗濯女がいる。洗濯方法は洗濯物を石の上に置きヘラで叩き更に木の棒に巻いて洗濯棒で長時間叩くとなんでもない白もめんがくたびれた白い繻子(しゅす)のようなつやを帯び、眩しいほどの白さである。このように白服を着るということは女性に重労働を課すということである。
このほか農家の女性は家族の衣類すべてを整え、料理の一切をやり、重い杵と臼を使って精米し、作物を頭に載せて市場へ運び、水を汲み、辺地では田畑で働き、朝は早く起き夜は遅く寝て、糸をつむぎ、機を織り、たいがい子沢山で、しかもその子供は三歳になるまで乳離れしない。
農家の女性は、仕事の一部を嫁に肩代わりしてもらえる日が来るまでは、働きづめである。
三〇歳で五〇歳に見え、四〇歳ともなればたいがい歯がない。
おしゃれへの関心すらごく若いうちから消えてしまう。
日々の雑用以外のことは鬼神のことくらいで、自然界のどこにでも宿ると考えられる鬼神をなだめるのは農家の女性の特別大事な仕事なのである。
朝鮮女性の地位の現状を推しはかるのはじつにむずかしい。完全に蟄居(ちっきょ)するのが上流階級では厳然としたルールなのである。
注)蟄居(ちっきょ) 一室に閉じ込めること
客も訪ねた家の女性についてはいっさい言及してはならない。元気かどうか尋ねるなどもってのほかで、女性はいないと考えるのが礼儀なのである。
女性は教育を受けず、どの階級においてもきわめて下位に見なされている。朝鮮人男性は女性とは当然男性より劣ったものだという、ある種二元的な哲学を持っている。 注)大半の女性には名前が無い。
女性の蟄居は五〇〇年前、社会腐敗がひどかった時代に家族を保護するために現王朝が導入したのは、男が自分の妻を信頼しないからではなく、都市社会と上流階級の風紀が想像を絶するほどに乱れ、男どうしが信頼し合えなかったからである。
かくして下層階級を除き、女性は老いも若きもすべてが法よりもつよいカを持つ慣習により、家の奥に隠されている。
夜間にしかるべく身を覆って出かけるか、どうしてもという場合にぴったりと扉や窓を閉ざした輿に乗って旅行したり人を訪ねたりするのが、中流以上の朝鮮女性にとっては推一の「外出」で、下層階級の女性が外出するのはもっぱら働くためである。
暗殺された王妃(閔妃みんび)はわたしが朝鮮国内を旅行していることをそれとなく指して、自身は朝鮮のどこも見たことがなく、ソウルすらコドゥンで通るところ以外なにも知らないと語っていた。
ダレ神父[朝鮮教会史序論』の著者]によれぼ、故意と偶然のいかんによらず、よその男と手が触れ合っただけでも、娘は父親に、妻は夫に殺され、自害する女性すらいたという。
七歳で男女はべつべつになり、女の子は厳しく奥にこもらされて結婚前は父親と兄弟以外、また結婚後は実家と嫁ぎ先の親族以外、男性にはまったく会えなくなる。
したがって若い女性の存在が社会にあたえる華やぎはこの国にはないのである。
蟄居(ちっきょ)は何世紀もつづいている慣習なのである。自由という概念は危険で、当の女性たちは自分たちは貴重な財産だからしっかり守られているのだと考えているのではなかろうか。
妾を囲うことは公認されてはいるものの、尊ばれてはいない。男性の妻なり母親なりが妾を選ぶことはめったになく、妾は多くの場合、夫に財力や地位があるからこその添え物、われわれの世界でいえば自家用馬車や執事のように思われている。
少女向けのこの国独自の学校はなく、上流階級の女性は朝鮮固有の文字が読めるものの、読み書きのできる女性は千人に一人と推定されている。
それでも、朝鮮女性は生まれながらの策略家であるのに加え、とくに母親あるいは姑としてなんらかの影響力を直接およぼしているのはまちがいないし、縁談をまとめる際にそれが顕著であることは疑いない。
朝鮮の女性は家庭のしあわせなど求めない。
朝鮮人には家はあっても家庭はないのである。
夫は別個に暮らし、社交や家の外の関心事といった共通のきずながない。夫の遊興の仲間や相手は同性の友人知人や妓生で、その夫婦関係はある朝鮮紳士がわたしに語った「めとるのは妻、惚れているのは妾」という簡潔なことばに要約される
それにも拘わらず、ソウルには美術の対象になるものが何も無く、古代の遺物ははなはだ少ない。公衆用の庭園も無く、行幸の稀有な一件を除けば見せものも無い。劇場も無い。
ソウルは他国の都市が持っている魅力をまるで欠いている。ソウルには古い時代の廃墟も無く、図書館も無く、文学も無い。しまいには、他には見出せないほどの宗教に対する無関心から、ソウルは寺院無しの状態で放置されている。
一方、未だに支配力を維持しているある種の迷信のために、ソウルには墓がないままにされている!
孔子廟とそして中国同様朝鮮で孔子の銘板に対して公的に表明される敬意を除いて、ソウルには公の神殿は一つも無い。
違反したら死の処罰を受けるという条件があるので、僧侶はソウルの門内に立ち入らない。
結果として清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある堂々とした 宗教建築物の与える迫力がここにはない(1巻, 106-107頁)
その肩に税の重荷が掛かっている人びとつまり特権を持たない厖大な大衆が両班にひどく苦しめられているのは、疑いない事である。
注)当時の朝鮮には、両班(りょうはん、一種の貴族)、中人、常民、奴婢、(白丁、はくちょう)、の厳然たる身分制があった。両班の横暴には目に余るものがあり、下の階級の者に対し生殺与奪の権を持っていたとさえいわれる。
両班は代金を支払わないで、人びとを酷使して労働させるばかりでなく、さらに貸し付け金の名目で、無慈悲に強制取り立て[収奪]を行なっている。
ある商人か農夫がある程度の金額を蓄えたと噂されるか知られると、両班または役人が貸し付け金を要求する。(1巻, 172頁)